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『北勢隠・南勢隠』|村翁夜話集所収姫路城門櫓明細書|第一冊・村翁夜話集

「村翁夜話集」は播磨地方の郷土史で近世播磨の地域社会を知る上で欠かせない
基礎的な情報を提供してくれる書物であると言われます。
しかしながら平文で多くの櫓が書かれ、どの部分を示して書いているのかが、
パッと見で分かりにくいという問題があると共に、現在の呼名とは異なっている事が多くあります。
ここでは『北勢隠・南勢隠』の部分を抜粋してご紹介します。

 

『北勢隠・南勢隠』|村翁夜話集所収姫路城門櫓明細書|第一冊・村翁夜話集

「村翁夜話集」の記述を順に古地図に当てはめていくと、以下のように解釈できます。

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北勢隠・南勢隠・村翁夜話集所収姫路城門櫓明細の配置

※画像は姫路城・西の丸百間廊下内展示の「播州姫路城図(大絵図)」を撮影。

 

「村翁夜話集」では以下のように書かれています。

管理 現存 現名称 重層 村翁夜話名 村翁夜話集原文 エリア 桁行 桁行(m:参考) 梁行 梁行(m:参考) 備考
213消失(跡)-北ノ方勢隠御門同所北ノ方勢隠御門 桁行八間四尺、梁行弐間半、明キ八尺三寸、クヽリ明キ三尺、北勢隠八間四尺15.8二間半4.5明治7年(1874)兵営設置、姫路空襲(1945)等により撤去・消失。
214消失(跡)-冠木御門同所冠木御門 桁行一間四尺、袖ノ間一間、明キ八尺、北勢隠一間四尺3.00.0明治7年(1874)兵営設置、姫路空襲(1945)等により撤去・消失。
215消失(跡)-御塀同所々御塀 弐拾間四尺五寸 但勢隠御門西ノ方并冠木御門左右、外東ノ方とも、北勢隠二十間四尺五寸37.70.0明治7年(1874)兵営設置、姫路空襲(1945)等により撤去・消失。
216消失(跡)2重おノ御櫓二重 同所西方おノ御櫓 桁行五間三尺七寸、梁行四間半、北勢隠五間三尺七寸10.2四間半8.2明治7年(1874)兵営設置、姫路空襲(1945)等により撤去・消失。
217消失(跡)-御多門同続東方御多門 桁行三間、梁行三間弐尺五寸、北勢隠三間5.5三間二尺五寸6.2明治7年(1874)兵営設置、姫路空襲(1945)等により撤去・消失。
218消失(跡)-御多門同続西方御多門 桁行二間一尺、梁行三間半、北勢隠二間一尺3.9三間半6.4明治7年(1874)兵営設置、姫路空襲(1945)等により撤去・消失。
219消失(跡)-御塀同所より南方勢隠御門迄御塀 百三拾七間、北勢隠百三十七間249.10.0明治7年(1874)兵営設置、姫路空襲(1945)等により撤去・消失。
220消失(跡)-勢隠御門同勢隠御門 桁行七間一尺五寸、梁行弐間五尺五寸、明キ一丈四寸、クヽリ明キ四尺、南勢隠七間一尺五寸13.2二間五尺五寸5.3明治7年(1874)兵営設置、姫路空襲(1945)等により撤去・消失。
221消失(跡)-御多門同続西方御多門 桁行六間、梁行一間四尺、南勢隠六間10.9一間四尺3.0明治7年(1874)兵営設置、姫路空襲(1945)等により撤去・消失。
222消失(跡)-御多門右同断 桁行四間弐尺七寸、梁行弐間五尺、南勢隠四間二尺七寸8.1二間五尺5.2明治7年(1874)兵営設置、姫路空襲(1945)等により撤去・消失。

※明キ:扉開口幅を示す。
※クヽリ:脇戸(潜戸・くぐりど)扉開口幅を示す。
※同断:同じこと
※廿間:二十間
※并:ひょう、へい、あわせる、ならぶ
※厩:うまや(廐)


本一覧は筆者の勉強・調査・後の検索を目的に作成したものであり、その正確性を保証するものではありません。
(出典・抜粋引用)第一冊 村翁夜話集所収「姫路城門櫓明細書」|播磨の地誌 福本勇次著『村翁夜話集』刊行会-平成27年1月25日発行

尚、上記一覧内の「桁行(m:参考)」「梁行(m:参考)」は一尺303mm換算として算出したものであり、イメージしやすくする為の参考値です。
また姫路城内では1間は六尺五寸とする説もあり、1間当たりの当時の寸法は明確ではありません。
昭和の大修理では実寸を元にした尺寸法を定めているようですが、その寸法が分かり次第、参考値を更新します。
現時点は参考値を表示しています。
「御塀」は村翁夜話集において長さ(間数)のみが表示され明確に壁の位置を示していません。
暫定的に対象と思われる壁を推測し割り当て、記載していいます。
「御壁」の現在呼称の壁に対する割り当ても、あくまでも参考とお考えください。

現在の姫路城で各櫓に付けられている名前は、その名称で「国重要文化財」の登録も既に行われています。
現在は重要文化財登録の名称で呼ぶのが、正しい呼び方になるものと思っています。
当サイト管理者は「旧名」で呼ぶことや過去の錯誤を無くすことがしたい訳ではありません。
過去文献の調査時に過去名が必要な場合がある為にご紹介をしているに過ぎません。


 

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『北勢隠・南勢隠』原文抜粋

以下にこの部分の原文抜粋を記載しておきますので、
別途利用される際に、引用されると便利かもしれません。
「第一冊・村翁夜話集|播磨の地誌 福本勇次著『村翁夜話集』刊行会-平成27年1月25日発行」の記載は必須です。

可能であれば、このURLへの発リンクを頂けますとありがたく存じます。

同所北ノ方勢隠御門 桁行八間四尺、梁行弐間半、明キ八尺三寸、クヽリ明キ三尺、
同所冠木御門 桁行一間四尺、袖ノ間一間、明キ八尺、
同所々御塀 弐拾間四尺五寸 但勢隠御門西ノ方并冠木御門左右、外東ノ方とも、
二重 同所西方おノ御櫓 桁行五間三尺七寸、梁行四間半、
同続東方御多門 桁行三間、梁行三間弐尺五寸、
同続西方御多門 桁行二間一尺、梁行三間半、
同所より南方勢隠御門迄御塀 百三拾七間、
同勢隠御門 桁行七間一尺五寸、梁行弐間五尺五寸、明キ一丈四寸、クヽリ明キ四尺、
同続西方御多門 桁行六間、梁行一間四尺、
右同断 桁行四間弐尺七寸、梁行弐間五尺、
同所より西方市ノ橋御門迄 御塀百弐拾四間半、

(引用抜粋)第一冊・村翁夜話集|播磨の地誌 福本勇次著『村翁夜話集』刊行会-平成27年1月25日発行

 

尚、その他のエリアは以下でご確認いただけます。


公開日:
最終更新日:2018/02/18

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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