姫路観光の見所・ポイントを徹底的に解説しています。姫路城だけでなく姫路に来た際に役に立つ周辺情報もご紹介しています。

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焦げた根太(こげたねだ/焼けた根太)

姫路城「折廻り櫓」は過去の火災によって備前丸内で備前門(下部)と共に、
焼失を免れたとされる貴重な建造物です。
「折廻り櫓」の2F床板を支える木材(横架材)である根太には、
火災の歴史を刻み込むように焼けた根太が利用されています。

「折廻り櫓」の内部は通常は非公開となっています。
2018/02/01~2/28の間の冬の特別公開において内覧時の写真にてご紹介しています。
今回が8年ぶりの特別公開でしたので次回の公開はまた数年後になると思われます。

焦げた根太(こげたねだ/焼けた根太)

「折廻り櫓」の1Fは2018年の特別公開時において、
靴脱ぎ場・靴履き場として利用されて、すみやかに2Fへと誘導される運用でした。

その為、実際に内覧された方でも「焦げた根太」を見逃してしまった方もおられるかもしれません。

内覧時の入口(西側)の天井(2F床下)に焦げた根太が1本、
内覧時の出口(東側)の天井に焦げた根太が2本遺されています。

こちらは西側の入口上部です。

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折廻り櫓1階西の焦げた根太・焦げた根太(折廻り櫓)

 

さてここでこの根太を見てすぐに疑問が浮かびます。
「この根太がこんなに焼けていてこの櫓は現存していたのだろうか?」

明治の修理の記録があまり残って居ない為、定かではないというのが現状のようですが、
明治の修理の記録として参考になる記述が以下の文献から読み取れます。

第二期工事に屬するものは、明治四十三年(1910)十月廿五日第十師團經理部に於て行ひ、第一期工事の請負人と同じく指名入札に附したるが、其結果貮萬九千拾五圓を以て松村雄吉に落札せり、其の修繕箇所は左の如し、

にの門 を、は、へ、い、ろ、は、ほ、に、ち、りの櫓及渡り櫓 ぬの門 菱の門 との各門 番所 井の郭櫓 帶の郭櫓 ほの門 水の各門 への門 ちの門 りの門 塀 折曲櫓 帶の渡櫓 土塀增設 喜斎門 喫烟所 便所 道路新設等

(中略)

第二期工事の仕様は、第一期と同じく床板の張替、屋根下地の取替、土居葺及瓦葺替、屋根漆喰、軒裏漆喰、内外壁塗等をなし、柱の取替、中柱支柱の增設、二階梁取替等多にして、階段、石垣等を積直し、木土台等は殆んど全部取替を行ひ、全く改築同様の箇所多かりき、殊に菱の門の如きは朽廢のヶ所案外多く非常なる費用を要したり。

※「姫路城史」に書かれている内容は概ねこの「姫路城誌」を参考に転記されている為、こちらを原本としてご紹介します。

木土台等は殆んど全部取替を行ひ、全く改築同様の箇所多かりき」とあるように、
現状復旧ができなかった改修箇所が多かったであろうということがわかります。

またこの時に「折廻り櫓」の名前の由来となった、
石垣面から南に折れ曲がるように続いた櫓も除去されていると言われています。

また話に寄れば、明治の修復時には周囲で解体した櫓などの材を、
修復用に転用したことが多くあっただろうと言う事なのです。

とすると、この根太やこの部分で利用されていた(後に昭和の修理で解体)材も、
他所からの転用され、その転用材の一部に「焦げた根太」を、
火災の記録としてあえて利用したのではないかと考えます。

転用されたと感じた理由としては、
焦げた根太についている焼けていない跡です。

焦げた根太には火災の当時に何かが建っていたであろう接合部の痕や、
床板との合わせ部分を隠す敷目板の跡(溝)を埋めた木片などが見えます。

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焦げた根太の転用跡・焦げた根太(折廻り櫓)

溝埋めされている個所は多くあります。
以下の方がより分かりやすいのではないでしょうか。

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溝埋めの跡は至るところに・焦げた根太(折廻り櫓)

 

この溝の跡はより新しく年代が異なるように見える木材にも、
何カ所も設けられていますので、床板を張り替えた際に板のピッチに合せて、
目板の位置を変えた跡であるとも考えられますので、昭和の修理の可能性も考えられます。

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新しい材も補修の痕・焦げた根太(折廻り櫓)

 

それでも、この根太下にある跡は、火災当時に何か別の材がここに当たっていたことを示しています。
元々ここにあった材ではなく、別の場所の焼け跡から転用されてきたと考えるのがスマートではないでしょうか。

 

西室内部の東寄りの部分の根太を見ると、
先ほどの新材にも見られた目板の合わせ位置の補修は行われていません。

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西室の東側は補修部がほぼない・焦げた根太(折廻り櫓)

 

新材にみられる補修の有無が何を物語っているのかは分かりませんが、
1階の東室側にも2本の焼けた根太が用いられています。

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東室の焦げた根太1・焦げた根太(折廻り櫓)

 

焼けた根太の奥に見える梁や手前に見える梁は、焼けた根太と似た色をしているのが分かります。
明らかに新材とは時代背景が異なることがわかります。

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東室の焦げた根太2・焦げた根太(折廻り櫓)

 

梁や柱が焼けたまではいかないものの、
どことなく燻されたかのような風合いで残っていることは、
焼けた根太よりも、この柱梁の方が元から現存していたものなのではないかとさえ感じてきます。

少なくともすぐ横の備前門の上部が焼失していることを考えれば、
焼けなかったとはいえ、相当な煙で折廻り櫓は燻されたであろうと思うのです。

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燻されたように見える梁・焦げた根太(折廻り櫓)

 

今後も様々な文献にヒントになるような記述がないかなどを探しつつ、
どのような経緯で新旧の材が使われて、さらには焦げた根太までが使われているのかを、
調べていければと思っています。

 


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最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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