筬格子(おさごうし/長格子)
姫路城内の「折廻り櫓」には窓にはめ込まれた細い金属を組んだ格子が嵌められています。
この格子を姫路城では「筬格子(おさごうし/長格子)」と呼んでいます。
「筬格子」は一般的な建築用語でもないようですし、
姫路城以外の城郭でもこうした呼び名はあまり見かけません。
よく使われる単語としては「筬」と「筬欄間」ですが、ここでは「筬格子」についてご紹介します。
「折廻り櫓」の内部は通常は非公開となっています。
2018/02/01~2/28の間の冬の特別公開において内覧時の写真にてご紹介しています。
今回が8年ぶりの特別公開でしたので次回の公開はまた数年後になると思われます。
概要(見出し)
筬格子(おさごうし/長格子)
姫路城内の「折廻り櫓」に嵌められている「筬格子」です。
天気のいい日には格子越しに覗く、姫路城搦手の建築がいい雰囲気を醸しだしています。
「筬(おさ・ヲサ)」の意味
さて、まず「筬」の意味の紹介から補足しておきます。
「筬」については広辞苑で以下のように定義されています。
おさ・ヲサ【筬】①織機の付属具。経(たて)糸の位置を整え、緯(よこ)糸を織り込むのに用いる。竹の薄い小片を櫛の歯のように列ね、長方形の框(わく)に入れたもの(竹筬)であったが、今は鋼または真鍮製の扁平な針金で製したもの(金筬)を用いる。②「くじらひげ」の別称。
くじら・クヂラ【鯨】-ひげ【鯨鬚】プランクトン食のクジラ(ナガスクジラ・セミクジラなど)の口の中に櫛の歯のように並んで生えている繊維性の角質板。餌と水をこしわけるのに役立つ。弾性があり、工芸用とされた。筬(おさ)。げいしゅ。
(引用)広辞苑 第四版・新村出編/岩波書店 一九九一年一一月一五日 第四版第一刷発行
実際に織機の筬を見てみましょう。
縦糸を細かい櫛状の金属の間を通っています。
これをトントンと動かし、横糸をしっかり織り込んでいくよくある機織りで使われている道具です。
ちなみに「筬欄間(おさらんま)」は和室などの長押上部などに取り付けられている欄間が、
スリット状になっているものを言います。
材料は様々ですがどちらも細かなスリット状に加工されているものを
「筬」と呼んでいることがわかります。
長い棒を組み合わせて造る格子だから「長格子」と表現することもあるようです。
姫路城の格子窓と筬格子
では姫路城で使われている筬格子です。
「折廻り櫓」では2Fの西室、中室にこの「筬格子」が嵌められています。
ですが、東室には筬格子はありません。
筬格子がない窓では、鉄製の格子窓による構成になっています。
筬格子ではない窓には、現在鉄製の格子が嵌められています。
大天守の鉄格子は後施工(例)
大天守最上階でも似た格子が取り付けられていますが、
観光客向けに後で追加されたものだと聞いています。(昭和の大修理時)
この「折廻り櫓」の格子が後に追加された格子なのかは定かではありませんが、
少なくとも漆喰壁内部に埋め込まれて取り付けられていますので元からの仕様かもしれません。
※仕様的には大天守最上階に酷似していますが天守6階が似せた可能性もあります。
※埋め込まれた鉄格子は、「小天守」や「イ~二の渡櫓」などでも見られます。
この場所は搦手口の防御の要であるとの説明も耳にすることがありますが、
もしここが防御施設として重要な拠点であったとするならば他の櫓などと同様な、
漆喰塗りの四角や六角形の「格子」が設けられていてしかるべきだと感じています。(漆喰の下には鉄板入)
※場所的に要所であることは否定しているわけではありません。
化粧櫓の東面窓の格子(例)
建造時代は異なりますが、化粧櫓の窓も住居風の造りをしています。
こちらは、漆喰塗りの格子窓が取り付けられています。
帯の櫓の数寄屋造りの窓格子(例)
化粧櫓と共に城郭には異質なものとして「帯の櫓」の数寄屋造りがあります。
内部は同じく畳敷きになっているとされています。
外観から見る限りは漆喰塗りの格子窓が取り付けられています。
防御としての重要性などは櫓の位置や向きにもよりますが、
住居風の造りや数寄屋造りなど畳敷きの居住性を重視した空間においても、
格子窓を設ける等の防御がされている姫路城内の櫓の中でも、
「折廻り櫓」が漆喰塗り格子が付けられていないことは特異な点であると感じます。
単に搦手側はコスト削減の対象だったとか。ね。
話がずれましたが以下が、筬格子の嵌められた窓になります。
以下は西室です。
いかがでしょうか、柔らかく光が差し込み丁度いい目隠しになっているのではないでしょうか。
この窓は北側に面していますので、直射光を遮る必要はありません。となれば、
目隠しのブラインドといった外からの目隠しを目的に取り付けられていると推測ができます。
※当然、槍などの防御性もあると思います。
筬格子の現状寸法と取付リベットの細かな仕事
この筬格子非常に細かなスリットを形成していますが、
実際には以下のような間隔で棒が組み上げられています。
昭和38年(1963)からの「折廻り櫓」の改修の際に内部造作の修繕が行われていますが、
その際に新しく造り設置された筬格子も既に61 年前が経過し、
錆などが付着して当時より太さが太くなっていることが予想されます。
2018年現状の寸法になってしまいますが、太さは約5mmでした。
また格子のスリット間隔は場所によって多少の誤差はありますが、
概ね10mm~13mmといったところでした。
※右隣りが少し狭く10mmになっているなど。
「折廻り櫓」の内部が暗く、あまりよく見えないので気づきにくいのですが、
手持ちのライトなどで照らすと、スリットの棒は横桟にリベットで固定されています。
固定部分は棒を叩き平らにしてリベットの止め代を作っています。
電動工具などが乏しい頃にとても綺麗に仕上げているなという印象でした。
次回修繕では「明珍」さんとコラボして欲しい。
この筬格子の作りは綺麗に作られています。
しかし「姫路 x 鉄」と言えば「甲冑師職人さんの明珍火箸」でお馴染みの、
明珍家さんに作製をお願いして欲しいなと期待します。
姫路で続く伝統技術で叩きあげて細く鍛錬された鉄を使ってこの先も格子を修復していく。
とても素晴らしい事なのではないかと感じます。
文化財修復としても何ら問題になることもない平安からの伝承技術。
話題性も抜群だと思います。
筬格子は現代のブラインド
この筬格子について前に少し触れましたが、
この場所は「播州姫路城図(大絵図)」に以下のように書かれています。
「御前丸」「多聞」
「御前丸」という名称が何を示しているのかは明確ではありませんが、
すぐ南に「御臺所(みだいどころ)」がありこれは池田輝政の妻の居城であるという説があります。
とするならば、この場所を客人との接見の場として利用していた座敷とみるのがスマートだろうという話です。
※とある先生との雑談による。
高貴な方(輝政の妻)が座る座敷に直接視線が届かないように、
目隠しのブラインドとしてこの筬格子が付けられていると考えれば府に落ちます。
外からこの筬格子が取り付けられた窓をみるとこのように見えます。
「イの渡櫓(天守)」東側窓から「折廻り櫓」を見ています。
中に案内員さんが立たれていますが、よくみえないのではないでしょうか。
ズームで寄ってみてもこのような見え方になります。
非常にブラインドの効果が高い事が分かります。
搦手は高低差を利用した視線ずらしの工夫も
窓に筬格子が付けられているといっても、
全く中が見えない訳ではありません。うっすらとは見えるわけです。
その為、搦手側は意図してかは分かりませんが、
「への門(中央左)」から一気に下る階段が設けられ、3mは超えるであろう落差が付けられています。
右には「との一門」があり、姫路城の搦手口である「との四門」を抜けて「喜斎門/八頭門(共に跡)」へと抜けられます。
そんなルートに面している「折廻り櫓」もまた、
「への門」とほぼ同じ高さに建てられています。
その為、水平に窓を見れば「への門」が見えます。
これは「への門」から出てくる人とは視線があう可能性がありますが、
入っていく人は背を向けて門を潜ります。
門の下を往来する人からは「折廻り櫓」の窓は見上げる形になり、
恐らくは天井しか見えない事でしょう。
高低差をうまく利用して、視線をずらし、防御性を高めつつ、
この筬格子でプライバシーを確保する。
非常によく設計された造りだなと感じます。
筬格子一つとってもしっかりと考えつくして姫路城の設計がされていることを、
感じ取る事ができるのではないでしょうか。
当時の設計思想など知る由もありませんが、
用途から推測するには十分な工夫がなされているのだと感心する限りです。
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